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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)102号 判決

兵庫県加古川市東神吉町西井ノ口七六三番地

原告

伊藤善次

右訴訟代理人弁護士

長澤泰一郎

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長

岡田辰雄

右指定代理人

平井義丸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和五四年四月一三日付でした、原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として別紙のとおり述べ、原告は本件裁決の取消事由として、裁決の手続の違法を主張するものではなく、本件裁決が所得税法五八条の適用を誤つて違法な原処分を維持した違法を主張するものであると付陳した。

被告は主文向旨の判決を求め、原告主張の事由は本件裁決の取消事由とはならないと述べた。

理由

請求原因第一、第二のとおり、原告の昭和五〇年分の所得税について、原告の確定申告と更正の請求、加古川税務署長の更正請求棄却処分と異議申立棄却決定、原告の審査請求、被告の審査請求棄却裁決があつたことは、被告において明らかに争わないから自白したものとみなされる。

原告が本件裁決の取消事由として主張するところは、要するに原告には確定申告額の譲渡所得は存しないというに帰着する。これは原告の更正請求を棄却した加古川税務署長の原処分の違法事由となる事項であつて、これをもつて裁決の取消しを求めることができないことは、行政事件訴訟法一〇条二項により明らかである。

そして、原告は裁決手続の違法は主張しないと述べ、他に本件裁決の違法事由を主張しないから、本件裁決の取消しを求める原告の請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕)

請求の原因

第一、裁決の経過

一、原告は農業を営むものであるが、昭和五〇年分所得税の確定申告書に、事業(農業)所得の金額を八七、七四四円、分離長期譲渡所得の金額を一〇、五一〇、二〇〇円、納付すべき税額を一、六七三、八〇〇円と記載して法定申告期限までに申告した。

その後昭和五二年二月一五日に、事業所得の金額を八七、七四四円、分離長期譲渡所得の金額を〇円、納付すべき税額を〇円とする更正の請求をしたところ、加古川税務署長(原処分庁)は、昭和五三年五月二四日付で、原告宛更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。

二、原告は、これに対し、同年六月二八日に異議申立をしたところ異議審理庁(加古川税務署長)は、同年九月九日付で異議申立を棄却する旨の決定をした。

三、原告は右決定を不服として同年一〇月九日付で被告宛審査請求したところ、被告(国税不服審判所長岡田辰男)は、大裁(所)五四第三号事件として昭和五四年四月一三日付で審査請求を棄却する旨の決定をした。

第二、裁決の内容

一、原告の審査請求理由

イ 原告は、訴外神戸拓地有限会社(以下「神戸拓地」という。)との間で、原告が昭和一八年以来農地として所有し、耕作してきた加古川市東神吉町西井ノ口字早魃田二一一番一田九〇六m2(実測九二三m2、以下「A土地」という。)と、神戸拓地が訴外三浦英次(以下「三浦」という。)から買い受ける契約をした農地で、三浦が昭和四七年以来所有し、耕作してきた同所二〇八番五田八九八m2(実測九二三m2、以下「B土地」という。)とを交換する契約(以下「本件交換契約」という。)を締結し、同五〇年一一月にその履行は完了した。その後原告はB土地を耕作し、農業の用に供している。

ロ 原処分庁は、交換取得資産であるB土地は、神戸拓地が三浦から昭和四八年四月三〇日に買い受けたものであると認定しているが、神戸拓地は非農家であり、法令上農地の所有者とはなり得ないから、B土地の所有権は神戸拓地に移転するいわれがなく、神戸拓地が取得したのはB土地の所有権移転請求権である。

ハ 従つて、原告は、本件交換契約に基づき、A土地を神戸拓地に譲渡し、その対価として、三浦からB土地を取得すると共に、神戸拓地から交換差金三五〇万円を受領したものである。

ニ 以上のとおり、原告は本件交換契約の結果、事業用の農地を譲渡し、それに対応する事業用の農地を取得して、同一の用途に供したものであり、交換差金は、A土地とB土地の価値の差を補填したものであり、これらの取引の結果原告にとつて交換差金以外に実質的には所得が生じていないところからも、所得税法第五八条第一項に規定する固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例(以下「交換の特例」という。)を適用すべきであるのに、B土地が流動(棚卸)資産であるとして交換の特例の適用を否認してなされた原処分は、法令の解釈適用において形式を重んじ、実質を軽視した不当なものである。

二、原処分庁の主張

イ 神戸拓地は、農地等を買収して、宅地の造成並びに転売を業とする不動産業者であるが、昭和四八年四月三〇日にB土地を含む分筆前の同所二〇八番一田一〇三八m2を三浦から売買代金一七、五八四、〇〇〇円で買い受け、原告との間で前記B土地と原告所有のA土地とを交換したものである。

ロ 原告が本件交換により神戸拓地から取得したB土地は、販売用の流動(棚卸)資産である。

従つて原告の本件土地(A)の譲渡所得の金額の計算上交換の特例は適用できない。

三、被告の判断

本件審査請求の争点は、本件A土地の譲渡所得の金額の計算上交換の特例の適用が許されるか否かにあるので、この点について審理する。

(1) 本件交換契約書等及び関係人らの供述並びに当審判所の調査の結果によれば次の事実が認められる。

イ 神戸拓地は、昭和四五年頃、A土地の周辺一帯を買収して住宅地に開発する計画を進め、既に一部を買い取り、土盛り等の造成工事に着手していた。

原告は、その頃、神戸拓地よりA土地の買い取りの申し入れを受けたが、譲渡の意思はなく、この申し入れに応じなかつた。

ロ その後、神戸拓地は、住宅地造成工事計画の達成に必要な関係機関の許可を得るため、A土地を当該造成地として買収する必要があるとの理由で、原告に対しA土地の近辺にあるB土地を交換提供物件として提示し、A土地とB土地との交換を申し入れてきたので、昭和四八年三月二六日、原告と神戸拓地の間で、〈1〉原告は、A土地を神戸拓地へ譲渡し、神戸拓地は、B土地を原告に譲渡する。〈2〉神戸拓地は、交換差金三五〇万円を原告に支払うとの交換契約を締結した。

ハ 原告と神戸拓地は、A土地につき二一一番一の三一四m2及び二一一番三の五九一m2の二筆に分筆して昭和五〇年九月一〇日農地法第五条の規定による農地転用許可を得て、同年一一月二一日に原告から神戸拓地外一名に対して所有権移転登記手続を了した。

ニ B土地については、これより先昭和四七年頃、神戸拓地の代表者佐伯長治が三浦に対しB土地を含めた附近の土地一帯を住宅地に開発するについて、B土地を買い取りたいと申し入れ、同年一二月一三日、三浦との間で、B土地につき売買契約を締結し、神戸拓地は同四八年四月三〇日に売買代金全額の支払を了した。

ホ 原告と三浦は、B土地につき、昭和四九年四月八日、農地法第三条の規定による農地移転許可(以下「農地移転許可」という。)を得で、同月一七日付で三浦から原告に対する所有権移転登記手続を了した。

ヘ 昭和四八年四月二五日に、神戸拓地は原告に交換差金三五〇万円を支払つた。

(2) 以上の認定事実によれば、B土地の所有権は、昭和四九年四月八日に農地移転許可があつたことにより、三浦から原告に移転したものであり、これが三浦から神戸拓地に移転したものではないことは明らかである。従つて、本件交換において、原告は、取得資産を本件交換契約をした相手方である神戸拓地から取得したものではなく、従つて所得税法第五八条第一項に規定する交換には該当しないから、原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当で、本件A土地の譲渡所得金額の計算上、交換の特例規定の適用を否認した原処分の判断は正当というべきである(尚、資産の譲渡による所得とは、所得税法第三三条第三項によつて計算された金額を指すものであるから、たとえ資産が等価物と交換されたからといつて、資産の譲渡による所得が発生しないとはいいえないことは多言を要しない。)。

(3) 原更正処分のその余の部分については、原告は争わず、当審判所に提出された資料等によつても、これを不相当とする理由は認められない。

従つて、本件審査請求は理由がなく棄却を免れないので、主文のとおり裁決する。

第三、裁決の取消を求める事由

一、被告の事実認定に大体において正当である。

二、しかし乍ら、原告にとつては、農業用資産(田B土地)と農業用資産(田A土地)を交換したもので、交換差金三五〇万円以外に所得は発生していない。被告の判断は所得税法五八条の要件を文理のみにとらわれ、その趣旨の適用を誤つた違法がある。その詳細は追つて主張する。

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